2011年12月19日
2011年12月12日
ユニークなお歳暮
お歳暮を頂きました。
「アドベントカレンダー」
クッキー・チョコレート等、
お菓子の入った扉を毎日ひとつずつ開けていく・・・・カレンダーです。
12月15日~25日のカレンダーになります。
とのこと!です。
お客様の女医さんから頂きました。先生のセンスいいですね~

24日のイブの日、窓が2カ所ありますが?気になりますね~。
想像してみました・・・24日、1つ目の窓に次のメッセージが入っていると思います。
「これ以上チョコレートを食べ続けると・・・××病になりますよ」
「今日のチョコは食べてはいけません、今日はイブの日できるだけ好きな人に食べさせてください」
「2つ目の窓のチョコレートは惚れ薬入りの特製品となっています」
「あなたが食べると・・もっと(笑)自分大好き人間になってしまいますよ」と。
2011年11月29日
与那覇朝大作
大家 与那覇朝大画伯の油絵(30号)です。
若かりし1976年(当年33歳)の作品。古典女踊りの衣装ですね!?。
モデルの女性・・・沖縄(ポイ)の顔立ちに凛々しさと親近感を感じます。
この油絵、東京在住のお客様のコレクションです。実に30数年ぶりに帰郷しました。
朝大画伯・・・幻の逸品だと思います。

当油絵のキャンバスです。
木の枠をみてビックリ!・・・・なんと手製の木枠
若かりし時の朝大画伯のご苦労が垣間見えるようです。
画材店主「大変保存状態がいいです」「すばらし~作品ですね」とのことでした。
2011年11月28日
立川談志さんとの思い出
東京で税理士を目指し、某会計事務所に勤務していた30数年前、
当時、会計事務所の監査担当者として、20社程の顧問先を任されていました。
当時の私は、沖縄から上京して2~3年目の間もない頃でした。
監査担当先のドクターが、『山内君、これから立川談志さんと飲みに行くけど、君も行くかい?』
『??あの立川談志さん? 行きます!』と私。
談志さんは沖縄政務次官、国会議員を辞められていた頃、
場所は、銀座(有楽町)の地下一階の小さなカウンター式ショットバーでした。
談志さんを挟んで左にドクター、右に私が座りました。
少し小柄な感じで、軽妙な話し口調、独特のかすれ声、やはりあの立川談志さん!!
しばらくして、ドクターが
『談志さんは、また、国会議員に立候補するかもしれないから、
山内さんを紹介しましょう。そういえば山内さんは沖縄県の出身だったよね』
名刺を出して、『山内と言います・・・』と自己紹介。
私の名刺を受取った談志さん、
(山内竧)の文字をみて、『珍しい字だね、この名前を読んでみようか?』
・・・数秒後『この字(竧)は、ただしと読むんだよね』
ビックリです。
あっけにとられたことを覚えています・・・名前を一発でよまれたこと初めてでした。
後にも先にも私の名前読めたのは談志さんただ一人です。
凄く頭脳明晰な方だと思いました。
小さな飲み屋でお酒を飲みながら、沖縄政務次官の時の暴言した原因・・・・等々、
お話を聞かせていただきました。
一時間ぐらいで解散となり、店をでました。
外は、冷たい小雨が降っていました。談志さんの付き人でしょうか、
いつのまにか若い女性の方が・・・
スゥーっと、傘を差しタクシーまで談志さんをエスコートしていました。
この手際のよさに、ビックリです。芸能界の師弟関係というのか、
彼女の気づきというか、師匠に対する気転の良さは、私の感覚とは大変かけ離れていると思いました。
談志さんとは、この一度きりの対面でしたが、僕の名前を読まれたことは、今でも貴重な東京での
出来事として心に残っています。
ご冥福をお祈り申し上げます。
当時、会計事務所の監査担当者として、20社程の顧問先を任されていました。
当時の私は、沖縄から上京して2~3年目の間もない頃でした。
監査担当先のドクターが、『山内君、これから立川談志さんと飲みに行くけど、君も行くかい?』
『??あの立川談志さん? 行きます!』と私。
談志さんは沖縄政務次官、国会議員を辞められていた頃、
場所は、銀座(有楽町)の地下一階の小さなカウンター式ショットバーでした。
談志さんを挟んで左にドクター、右に私が座りました。
少し小柄な感じで、軽妙な話し口調、独特のかすれ声、やはりあの立川談志さん!!
しばらくして、ドクターが
『談志さんは、また、国会議員に立候補するかもしれないから、
山内さんを紹介しましょう。そういえば山内さんは沖縄県の出身だったよね』
名刺を出して、『山内と言います・・・』と自己紹介。
私の名刺を受取った談志さん、
(山内竧)の文字をみて、『珍しい字だね、この名前を読んでみようか?』
・・・数秒後『この字(竧)は、ただしと読むんだよね』
ビックリです。
あっけにとられたことを覚えています・・・名前を一発でよまれたこと初めてでした。
後にも先にも私の名前読めたのは談志さんただ一人です。
凄く頭脳明晰な方だと思いました。
小さな飲み屋でお酒を飲みながら、沖縄政務次官の時の暴言した原因・・・・等々、
お話を聞かせていただきました。
一時間ぐらいで解散となり、店をでました。
外は、冷たい小雨が降っていました。談志さんの付き人でしょうか、
いつのまにか若い女性の方が・・・
スゥーっと、傘を差しタクシーまで談志さんをエスコートしていました。
この手際のよさに、ビックリです。芸能界の師弟関係というのか、
彼女の気づきというか、師匠に対する気転の良さは、私の感覚とは大変かけ離れていると思いました。
談志さんとは、この一度きりの対面でしたが、僕の名前を読まれたことは、今でも貴重な東京での
出来事として心に残っています。
ご冥福をお祈り申し上げます。
2011年11月24日
監査制度実務研修
地方公共団体監査制度実務研修会に行ってきました。(東京)
これまで、地方公共団体の外部監査人の資格要件として、
弁護士・公認会計士・公務精通者の三者を資格要件としていましたが、
平成21年度より、外部監査人の資格要件に税理士が認められるようになりました。
税理士は税務に関する専門家として、職業上当然に納税義務の適正な実現と、
租税の使途や財政のあり方についても高い関心をもっています。
税の使われ方に対する疑惑を明らかにするには、税理士が最も相応しい職業専門家
であるというわけです。また、地域に密着している税理士の数とそのネットワークに着眼して、
税金の使われ方についてチェック機能を高めてほしいとの要請でもあります。
地方公共団体の監査制度の充実に税理士が貢献し、地方財政の健全化に寄与していこう
と、税理士会の組織的な取り組みが始まっています。
三日間、20時間の監査実務研修会でした。
研修終了後、認定試験もあり、久しぶりに緊張した日々を過ごしました。が!
夜は、街を歩いたりもしていました。
(有楽町駅前)2011年11月18日
2011年11月11日
沖縄県老人クラブ連合会
沖縄県老人クラブ連合会(女性リーダー)の研修会に
講師として招かれました。
県内各地から総勢70名ほどの女性リーダーが集合しました。
演題は「もめない相続のため知っておきたい相続・贈与」
受講者は、地域の快活な女性リーダ達・・・・だぜん気合いが入ります。
論点は
・沖縄内の相続争いの実情
・相続争いの回避方法
・高齢者に多い相続トラブル
・相続・贈与の基礎知識
・遺言書作成の注意点・・・・etc
熱心な質問も多肢にわたり、活発な研修会になりました。
受講者の皆様お疲れさまでした。
講師として招かれました。
県内各地から総勢70名ほどの女性リーダーが集合しました。
演題は「もめない相続のため知っておきたい相続・贈与」
受講者は、地域の快活な女性リーダ達・・・・だぜん気合いが入ります。

論点は
・沖縄内の相続争いの実情
・相続争いの回避方法
・高齢者に多い相続トラブル
・相続・贈与の基礎知識
・遺言書作成の注意点・・・・etc
熱心な質問も多肢にわたり、活発な研修会になりました。
受講者の皆様お疲れさまでした。
2011年11月11日
2011年11月08日
クリスマスデコレーション

街は、いよいよ「クリスマスデコレーション」のシーズンですね。
(イオン大牟田店)
来月は師走・・・早いものです。確定申告もまじかになりました。
ソテツの葉が面白いですね。(博多駅阪急)
2011年11月08日
ジュンク堂書店
那覇ジュンク堂書店のデイスプレイです。
大幅な販売スペースを提供していただいております。
ありがたいことです。(感謝・感謝)
週間販売実績第1位となりました。
前本も9位になっています。
2011年10月28日
ネット販売は凄い

ネット販売は凄い!

「沖縄の人のための相続・贈与」でネット検索すると・・・・検索結果が凄い!
かなりのネットサイトで販売されています。
誰がサイトにたのんだのか?(笑)・・・・情報が早いですね。
まだ、出版発売して2カ月足らずですが、情報の伝達の凄さにビックリしています。
2011年10月28日
作者は誰
お客様の居間に飾られている油絵です。(15号程)
訪問するたびに、誰の作品なのか気になっています。
1966年作・・・・何方か、この作品の作者を教えてください。宜しくお願いします。
サインを拡大しておきます。
2011年10月27日
中山式快癒器
中山式快癒器です。(2球式・4球式)
健康オタクの母が、30年前僕のために買ったものです。懐かしい~

出張や出版疲れのせいか、「肩こり」「首スジ痛」「寝違い」・・・・一度に来ました(年齢のせいかも
)肩こり等は初めての体験ですが、肩・首・・・パンパン状態・・・・血圧も心配なり
計測したところ120・80・・・・少し安心
。意を決して・・・思い出したのが・・「中山式快癒器」です。よく大切にしまってありました。

痛さを我慢して、脊椎に沿って・腰・肩・・・・・4球式で治療
首・うなじふきんを・・・2球式で治療
数分経つと・・・・痛さ忘れて(指圧効果)・・・心地よい体感に変わります。
かなり痛みや懲りも取れ、数分で大変楽になりました。(これから毎日活用したいと思います)
中山式快癒器・・・・お勧めです。母に感謝!

2011年10月26日
うどん県
先日、はじめての香川県観音寺市まで仕事で行ってきました。
香川県と言えば「うどん県」・・・・空港内でも「うどん」の広告が目につきす。
これが、讃岐うどん・・・やはり、ご当地で食べる「うどん」は旨い!

空港から、いざ観音寺市まで・・・・・所要時間、タクシーで1時間(料金は1万数千円也)
稲作の盛んな県なんですね~、タクシーの車窓から見える田園風景は素晴らしく感動的。
沖縄ではなかなか体験できない、山が平地に迫りくる風景でした。
また、タクシーの運転手・・・温和で物静かな雰囲気。
香川県の県民性は?と聞くと・・・自然災害も少なく、なんとなくのんびりとして、
温和な感じですかねぇ~とのこと。

積極的に話しこまれるタクシー運転手も大変ですが、物静かな運転手は・・つらい。
2011年10月20日
彼岸花

久米島空港入口のに咲き乱れる「彼岸花」・・・・黄色の花は珍しいですね。
合併後、久しぶりの久米島町、
人口減少が止まらないそうです。(年間100名程度の減少)
全国的に市町村合併後の検証が行われているようですが、
国・地方を通じた財政状況の悪化に伴い、町の財政基盤の強化もままならないとのことです。
2011年10月14日
2011年10月12日
世界のウチナーンチュ大会

10月12日の沖縄タイムス・琉球新報朝刊の広告です。
文芸春秋の隣ですね~。偶然ですが、感激しました。
今日から「世界のウチナーンチュ大会」です。

2007年度に発行した「沖縄版・相続税の実際」に掲載した
「世界のウチナーンチュ」の記事を書いておきます。
●知られざる世界のウチナーンチュ(沖縄県出身者)
大変貧しかった当時の沖縄県から「モーキテイクーヨー(稼いでこいよ)」と
沖縄初の海外移住者26人(1世)が1899年に旅立って、100年以上が経った。
現在、海外では3世・4世の時代といわれ、海外在住の沖縄系移住者は
約32万人(現在40万人)といわれている。この数は日系人人口約250万人
の14%も占め、沖縄県の人口が日本人口の1%からすれば驚異的な数字である。
当時のハワイなどのサトウキビ耕作地での生活は「4時起床、6時から仕事で
牛馬とかわらなかった。寝て見る夢も故郷の妻子という甘いものではなく、
おびえて目をさます・・・・」
ような厳しい生活環境に置かれていた。
しかし、どんなに厳しい状況に置かれようと、彼らは故郷、沖縄への送金を
怠らなかった。昭和4年当時の送金額は、県歳入総額の66%を占めるほどの
膨大の金額ハワイをはじめとする海外から送られていた。
現在の沖縄経済は、観光産業や基地関係からの収入等に依存しているが、
戦前には、海外移住者や県外出稼者の送金によって経済のバランスが
とられていた。
やがて海外移住先では、結束が強い沖縄県人会へ発展し、戦後の沖縄に
救済や復興の手が差し伸べられ、戦後の沖縄の教育・文化・経済の発展
の契機を作ったといわれている。
沖縄県では、これら世界のウチナーンチュへの報恩を込め、そのネットワーク
を図る目的で、1990年第1回「世界のウチナーンチュ大会」
を沖縄で開催するようになった。
現在、世界各地にいるウチナーンチュの国際的なビジネスネットワークの構築
を目的にWUBがハワイに本部を置き活動している。
沖縄は今、世界に散らばる移民社会の相互的に、有機的な係わりをもちつつ、
文化・経済活動において世界規模の活動を行う潜在力を秘めている。
まるで、琉球王国時代の大交易時代のようだ。
「沖縄版・相続税の実際・・・・抜粋」
2011年10月12日
2011年10月05日
新聞広告開始
いよいよ本の「新聞広告」が開始されました。(全、大小10回)
10月に集中的に掲載される予定となっています。
世界のウチナーンチュ大会が今月開催されます。
国際相続問題にも言及していますので、
多くの人が読んでもらえるといいですね。
当記事の見どころは、琉球新報に「沖縄タイムス出版部」の本が掲載されていることです。
なかなか、過去にこのようなコラボはないということです。
大変感謝しています。ありがとうございました。

2011年09月23日
基地食
沖縄の某基地内レストランです。
ノンアルコールビールO`DOUL`Sです。
初めて飲みました。。。。飲んでビックリ・・この「のどごし」
限りなく・・・ビールに近い・・・しっかりビール味でした。(マキトォウ~サ~という感じ)
(後でわかったことですが、日本とアメリカとのノンアルコール基準が異なるということです。)
珍しいビール瓶ですね。
復帰前の沖縄で・・・・見かけたような種類のビールも二~三本あります。
基地内のレストランと言えば・・・・Tボーンステキですね。
さすが野性的なアメリカ料理・・・・思いのほか柔らかい肉でした。
久しぶりにアメリカを堪能しました。某社長ありがとうございました。














