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2006年03月01日

プロフィール


1952年5月29日生まれ
  読谷村出身 。
  ふたご座 O型

家族構成 
   妻、娘二人、息子一人、愛犬一匹の5人と一匹家族
  
  読谷村渡慶次小学校・読谷中学校・読谷高校卒業 
  小学・中学・高校と児童会役員や生徒会長を務めた
 

1970年読谷高校卒業
  読谷村ではディキヤーだったほう(?)・・・家計を思って現役で地元の大学合格を果たす。
           

1974年琉球大学法文学部商学科卒業
  復帰後、琉球大学が国立になって初めての卒業生となった。
  幼馴染のお父さんから、「税理士という職業があるぞ。君達もこれからはそんな職業を
  目指しなさい。」中学時代に言われたその言葉をおぼろげに思いだしながら
  卒業後の進路に悩んでいた。
  東京の商社に内定がでていたが、急遽取りやめ、親類のツテを頼って上京した。
  大学の教授に大目玉をくらった。今思うと教授に申し訳なかったが、この時の決断がなければ
  税理士になっていなかったのだと思う。教授スミマセンデシタ・・・。


1974年~1980年
  東京・大崎にある新田会計事務所へ親類の紹介をうけてなんとか仕事につく。
  昼間は仕事をして、夜は大原簿記専門学校へ行き税理士科目を勉強。
  給料は学費・生活費・仕送りに消えたこの頃。貧乏だったが、至って悲壮感はなく
  ラーメンでなんとか食いつないでいた。時折、実家から母が送ってくれるポーク缶詰は
  最高のご馳走だった。そういえば、母はよく手紙を書いてくれ、「庭に桜の花が咲きました。」
  といって桜の花びらが同封されていたり・・(涙涙!)
 
 
1980年 税理士試験合格!税理士登録   
  晴れて税理士になる。
  東京には沢山の人がいて、私を必要としていない。
  私を必要としてくれる沖縄に帰って、沖縄の人の役にたちたい!!
  大真面目に使命感に燃えていた。


1981年 税理士事務所開業
  何のツテもないまま、机二つ事務員一人で小さな税理士事務所を構える。
  不安ながらも、大いなる希望に燃えていた。

  税理士を沖縄県でとれるようにと、税理士を目指す人のための塾を開設したり
  顧問先が増えるにつれもっと専門的な勉強が必要だと痛感し、東京・大阪など本土への研修
  勉強に惜しみなく時間とお金をかけた。
  その頃から続けている事業承継・相続のコンサルティングは、年齢や時代と共にますます
  重要なスキルとして現在の私を支えてくれている。


1990年 自社ビル完成
  果敢なく事業にチャレンジしていた頃。
  他の事業に拡大を図ったものの、資金調達に失敗し、どんどん苦しくなっていく一方。
  もがき苦しんだ人生最大の試練だった。


1998年 会社整理 
  税理士事務所を存続
  税理士業を邁進し、出直すために経営していた会社を整理し自社ビル売却。
  債権者集会を開き、債権者一人一人に誠意を持って謝り、再起を誓う。
  私を支えてくれたのは私を応援してくれるお客様と家族と税理士事務所スタッフ。
  そして、なによりも仕事をするうえでなくてはならない「税理士」という資格。
  前にも増して「税理士」としての使命を大切にし、経営者の役にたちたいと、自らの体験を基に
  「失敗しない経営・強い会社になる!」を掲げて経営者の相談・アドバイス・指導を行っている。


2002年 「沖縄版相続税の実際」本を出版
  3000部出版し、なんと完売!!
  資料収集と執筆わずか六ヶ月間だったが、驚くほどの集中力で書き上げた。
  改訂版を出版に向けて日夜構想を練っている。そのひと時が楽しい。


2005年 税理士事務所
  来店型会計事務所として那覇市おもろまちに移転。
  画期的なスタイルを提供する税理士事務所のショールームを開設。
  経営者も個人も業種を問わず相談したくなる雰囲気になっている。
  これは長年の私が描いてきた構想を実現したスタイルだ。
  税金の事だけでなく、幅広い問題をワンストップサービスで受け止め、適宜各専門家へと
  繋ぐことで、使い勝手の良いよろず相談所といった具合だろうか。
  まずは来てのお楽しみです。
  
  絵本「いくさーせーならん」出版 
  三本のペニシリン      
  両親の米寿祝いには両親の「自分史」を制作していたいとかねてから考えていたが
  数年前に広島県尾道市文化協会から戦争中・戦争直後父の事が書かれた「山内さん」という
  エッセイが出された。
  沖縄から遠く離れた地で、当時の父と直接面識のない人が書いた、父の様子は、私にとって
  新鮮な出来事だった。
  そこから、色々な人達との出会いを重ねていくうちに、自分史という形ではなく、「絵本」という形に
  して両親が戦争の混乱した時代を生き抜いてきた証を残そうと考えた。
  こうして出来上がった絵本は、その後もあちこちで話題にしてもらい
  両親への米寿祝いに華を添えた。
  私の成功と失敗の狭間で、苦労をかけた両親への、私からの感謝の花束のつもりである。


2006年 改訂版「沖縄版・相続税の実際」
  執筆開始    おもろまちに移転してきてから、私の本を携えて
  相続の相談をされる方が度々訪れる。読者との嬉しい出会いに、絶好調になって
  相談にも熱が入る!
  前作から税法の改正があったこともあって、全面改訂しようと、執筆にとりかかった。
  夜毎増えていく原稿量だけが、私の目下の楽しみです。

  

Posted by 山内 竧 at 20:39